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鈴木です。別館

「鈴木です。」(http://suzukidesu.com/)の別館です。

ブログにソースは必要か?ブログ記事に対して責任は必要か?

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~ここから本文です~

読みました。

naze7000nanoka.hatenablog.com

いやソース派か醤油派かという話では当然ありません。ブログに何かしら書く場合にその情報はどこから仕入れたものかという情報元としてのソースをわざわざ書く必要性があるのか?ということです。

ちょっとモヤモヤしたところがあったので自分なりの考えを書いてみたいと思います。

なお上記のブログの内容は僕が下記に書く上で関係してきていませんのでご注意下さい。ほぼ「ソースはいるか?」という言葉だけで書いていることなので。

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なお、焼きそばにはソース以外にもマヨネーズと辛子が欲しいタイプです。

何を目指しているのかでソースの必要度は決まる

例えばただの自分の意見を書き連ねる、日記として書く分には全くソースは必要ないと僕は思っています。

このブログもソースなんて基本的に書いていませんし(自分の経験で書いているものが多いですし)。

自分の経験を語る分には元々ソースなんて必要無いんですよね。

でも、ブログでマネタイズをしようとして検索結果1位を目指したりする時に内容によってはきちんとしたソースは必要であると思います。

なぜそういう考え方に及んだかと言えばこのツイートを見たから。

センシティブなことにおいて、もしいい加減なことを書いた時にひょっとしたら人の命に関わるかもしれないという覚悟も無いのに、マネタイズのため、PVのために1位を目指すというのは問題だと思います。

そういうことを書くのならきちんとした下調べは必要ですし、どこから仕入れた情報なのか明確に書くということはやはり必要だと思いました。

せめて自分の考えで書くのなら絶対に「自分の考え・経験」ということを書く必要性はこれを読んであると思いました。

ブログで書いたことに責任を持つべきかどうか?

以前、ブログの記事ごときに責任とかそんなこと求めるな!ということをある有名な人が自分のブログで書いていました(2人ほど有名な人が書いているのを見ました)。

その時も違和感があったのですが、でも確かにブログに責任とか求めるのはおかしいよな~って思いましたが、最近やはり自分の書いたことにある程度の責任は持つべきだという考え方になってきています。

もちろん、これは自分の意見・経験からという前提条件を書いた上であれば後はそのブログ記事を読んだ人の中で整理すべき問題だと思います。しかし自分の意見・経験ということも書かずに「これはこうです!」と決めつけてかいている場合、内容によっては非常に危険であると思います。

またひろゆき氏の下記の言葉は割りと有名ですよね。

嘘は嘘であると見抜ける人でないと(インターネット掲示板を)使うのは難しい。

掲示板(主に2ちゃんねる)はそうかもしれませんがブログにおいてもブログの記事が釣りかデマか見抜ける人でないと、ブログ記事を読むのは難しい、なんて言われるようになったらどうなのかな?って思ったりも。

既に「ブログ」という言葉も主語がデカい

そして最近思うのですが「ブログ」という言葉を一括りで僕も使いがちですが「ブログ」は~って書くこと自体、最近は主語がデカいと思うようになりました。

企業・法人が集客・拡販のために行っているブログから、個人が日記として書いているブログまで幅広くある訳です。

  • ブログに「ソース」が必要か?
  • ブログで書いたことに「責任」を持つべきか?

と書くだけでも主語がデカいことになっていると思います。

企業がブログを行っている場合、当然企業としての責任は必ず発生すると僕は思っています。個人でもそれによって人の生命に影響を与える可能性があるものは責任が発生すると思います。

だからと言って個人ブログに責任を持て!という訳ではなく自分の考え・思想・経験なのか、それとも別にソースがあるのかどうか、それだけは明確にすべきなのではないのかな?と。

もちろん中には自分の考え・思想・経験でも「ソースは!?」と突っ込んでくる人はいるのですが、それはもうネットはそういうものだと思うしか無いと思うんですよね。

時には自分の考え・思想・経験と明確に書いてないために「ソースは!?」と書いている場合もあるでしょうから「ソースは!?」と書くことが必ずしも悪いことになっている訳でも無いと思います。

パクリ問題も中にはある訳で。PV欲しさにどこかの記事をパクってあたかも自分の意見のように書く人もいるわけですからね。

結局ソースや責任は必要なのか?

自分の意見・思想・体験を書く分にはそれをきちんと明確にしている上でならソースは元々自分だから必要という以前の問題でしょう。責任においてもあくまでも自分の意見・思想・経験なのだから誰かを必要以上に責める内容で無ければ責任も必要ないと思います。

(この誰かを必要以上に責めることにおいて、閾値が人によって異なるので難しい部分もありますし、人によっては責められていたの?って思うこともありますが)

しかし、センシティブな内容を書く場合、企業や個人でも断定するのであれば、必要に応じたソースも必要でしょうし、責任も必要になってくると僕は考えます。

そしてセンシティブなキーワードで検索結果の上位を目指すのならそこには責任というよりはそれ相応の覚悟は無ければいけないと思います。

 

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